大判例

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東京地方裁判所 昭和25年(ワ)1551号 判決

原告 箕輪行雄 外一名

被告 日本マグネシウム株式会社

一、主  文

被告は原告箕輪に対し金四万八千百七十二円、原告武田に対し金二万四千六百三十三円を支拂え。

被告は原告等に対し夫々金額右の通り、弁済期何れも昭和二十五年四月二十日の各退職金債務につき、別紙目録<省略>記載の不動産に商法第二百九十五條による先取特権の設定登記手続をなせ。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告等訴訟代理人は主文第一乃至第三項と同趣旨の判決並びに金員支拂の部分につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、被告はマグネシウムの製造等を業とする株式会社、原告等はその從業員であつて箕輪は昭和十八年五月(同年十一月二十一日以降は伍長の職にあつた)、武田は昭和二十二年二月入社したものであつたところ、被告は昭和二十五年三月二十日その都合により原告等を解雇した。而して被告会社の退職金規程によると、会社がその都合によつて從業員を解雇したときは、その時の基本給額に勤続年数に應じた所定の支給率を乘じて得た基本額、特別加給額及び加算額を合算した退職金を、退職後一ケ月以内に被解雇者に支給することになつているから、今原告等の退職当時の基本給額、即ち箕輪につき金四千八百一円、武田につき四千百十八円、に右規程をあてはめ、更に被告会社は会社経理應急措置法の特別経理会社であるので同法及びその施行令等の規定に從つて原告等の退職金債権を計算すると、被告は原告箕輪に対し金六万七千八百五十九円、原告武田に対し金三万八千九十二円の退職金を遅くも右解雇の日から一ケ月後である同年四月二十日までに支拂う義務を負うことになる。しかるに被告は同年三月二十日から五月十日に至る間三回に亘り箕輪に対し内金一万九千六百八十七円、武田に対し金一万三千四百五十九円の支拂をしたのみで、残額箕輪につき金四万八千百七十二円、武田につき金二万四千六百三十三円の弁済をしない。しかのみならず原告等は商法第二百九十五條により右退職金債権につき被告の総財産の上に先取特権を有するのであるが、被告はその登記をも肯じないから、被告に対し右退職残金の支拂並びに被告所有の別紙財産目録記載の不動産上に右残額債権につき先取特権の設定登記手続を求める爲本訴に及んだ次第であると陳述し、なお一般の先取特権につき登記を許されないとする被告の法律上の見解に対し、我民法に於ては不動産に関する物権の得喪変更はこれを第三者に対抗する爲に登記することができることが原則であるが、一般の先取特権が債務者の総財産の上に存する以上その効力は当然右財産を構成する個々の特定不動産に及んでいるから、これにつき登記をなし得ることは当然である。而して被告の挙げる民法の各法條は何等これを否定するものではなく、却つてその第三百三十六條は一般の先取特権につき登記をなし得ることを前提とし、特にその登記がなされていない場合の特則を定めたものに他ならないと附言した。

被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告等主張の請求原因事実は全部これを認める。しかしながら、すべて一般の先取特権を有する者は債務者所有の特定不動産に対しその設定登記手続を求めることはできないのであるから、この点に関する原告等の請求は理由がないと考える。けだし先取特権に関する民法の規定を通観するに、同法は一般の先取特権及び動産の先取特権と並んで特別の不動産の先取特権を規定して特定不動産上に存する先取特権の発生原因を限定し(第三百二十五條)、一般の先取特権は共益費用に関する例外を除き右特別の先取特権におくれること(第三百二十九第二項)及び一般の先取特権者は先ず不動産以外の財産につき弁済を受けなお不足があるのでなければ不動産につき弁済を受けられないこと(第三百三十五條第一項)を定めているのであるが、これらを綜合してその法意を明察すれば、民法は一般の先取特権の制度を設けてその効力を常に債務者の全財産に及ばしめることにした代りに右権利については特定の不動産に登記をなして該財産につき後順位の登記を有するその他の担保権者に優先し得る程の強い力を與えなかつたものといゝ得る。しかも同法第三百三十六條は一般の先取特権は登記なくして特別担保を有しない債権者に対抗できる旨を定めているが、右のように登記なくして対抗力を有するということは反面からいつて登記を許さない趣旨と解さなければならない。なお不動産登記法中には先取特権の登記に関する数條の規定が存するが、右は何れも特別の先取特権に関する規定と解すべきであるからこれらの規定を以ては一般の先取特権につき登記をなし得るという根拠にすることはできないと陳述した。

三、理  由

被告はマグネシウムの製造等を業とする株式会社、原告等はその從業員であつて夫々その主張の日時に入社した(箕輪はその主張の日以降伍長の職にあつた)ものであつたところ、被告が昭和二十五年三月二十日その都合により原告等を解雇したこと、被告会社には原告のいうような退職金規程が存し、これに從つて原告等の受ける退職金を計算するとそれは原告主張の額となること及びその後被告はその原告主張の額の内金の支拂をしたことは当事者間に爭がない。しからば原告等は現在被告に対しその主張のような退職金残額債権を有することは明白である。次に退職金債権は商法第二百九十五條に所謂会社と使用人との間に雇傭関係に基き生じた債権に他ならないから、原告等は右債権につき被告の総財産の上に同條所定の一般の先取特権を有するものであるが、右一般先取特権に基いて不動産に対しこれが保存の登記手続が許容せらるべきか否かについて檢討してみよう。

凡そ一般の先取特権は債務者の総財産の上に存するのであるが、右総財産とは財産の全体自体を言うのではなく右財産を構成する各個の財産にその効力が及ぶべきものと解するのが正当であるから、総財産中の個々の不動産について夫々一般の先取特権保存の登記を許容すべきことは当然である。このことは不動産登記法中登記の対象となり得る先取特権を不動産に関する特別の先取特権に限定していないことからも首肯し得られる。なお民法第三百三十六條は一般の先取特権につき特定不動産上に登記をなし得ることを前提として、一般の先取特権が抵当権その他の担保物権と異り全く債務者の意思と無関係に成立するものである爲実際上殆どこれが登記のなされない現実に鑑み、特に登記のない時でも対抗力ある場合を定めたものと称すべく同法條を被告主張のように解釈しなければならない理由はないのである。

以上の見解に反する被告の解釈論は当裁判所の採用し得ないところである。

よつて被告に対し前記各退職金残額の支拂及び右退職金債権につき被告の財産たることが当事者間に爭のない別紙財産目録記載の不動産上に一般の先取特権の設定登記手続を求める原告等の請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、仮執行の宣言につき同法第百九十六條の各規定を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 柳川眞佐夫 中島一郎 高島良一)

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